レクタルヴ神話  三


 その神様は、嘆き悲しみを癒す慈悲の神でありました。まだ若くあられますが、その分新たかな光を纏って、湧き出る水のような勢いも、芽吹いた緑のような美しさも、燃え上がる火のような力強さをもお持ちになっていました。今その神様を人々が呼ぶ名を、〈角の主〉と仰います。
 神様というものは皆どこかの土地に留まられその土地とそこに住む者にお力を与えるものですから、主様もそうなさろうと、天を翔けその場所を探してらっしゃいました。
 清水を湛える神の居処、深き森を広げる神の居処、大地を熱し流れに変える神の居処。他にも多くの神々の住まいを越え、越え。時に見る誰かの嘆きと悲しみを、そのお力で濯ぎながら飛びました。
 やがてある時辿りついたそこは世の果て、深く閉ざされた西の白き座。世界の始まりに追いやられたお終いの女神、〈冬の女神〉様がさめざめ泣きながら、座っておられました。
 そのあまりの悲しみの深さ、女神と大地が凍えてしまっていることに、主様は酷く驚かれました。嘆き悲しみに打たれた主様の御心から温かな雫が滑り落ち、女神様の裾を濡らします。その温かさに女神様ははっとして、傍にやってきていた若い神に気づき、か細く声をあげました。
「どうしてこんな果てまで来たの」
「住む地と守る者を探しているのです」
「それなら、此処は止したほうがいいわ。此処には私が居るもの」
 主様のお答えに、女神様はまた俯きました。その顔も声も冷え冷えとして嘆き深いものでした。主様は白いお終いの女神の力――〈雪〉に閉ざされた大地を見渡し、女神様の御姿をしげしげと眺め、そうしてお決めになりました。此処は何処よりも、嘆きと悲しみに満ちている。慈悲の神である自らの務めは此処にこそあると。
「畏れながら。貴女と一緒に住むのはいけないでしょうか。たとえば、歌の神のお一方は南の海原の御方と揃って暮らしておられます。ある花の神は、泉の神のお傍にいらっしゃいます」
「止したほうがいいわ。無駄にしてしまうわ。貴方のやることを、私は終らせてしまうもの」
「それが大いなる方と貴女の仕事。始まったなら終わるのです。導かれぬものが居りましょうか。けれど貴女がそれをお嘆きになるのなら、私は貴女とこの地の為に雨を降らせましょう。私は嘆きを濯ぐ慈悲の神。悲しみの洞に満ちるよう何遍でも、ずっとでも、この地の神となり温かな光の雨を降らせましょう」
「いけない、いけないわ、私のところは駄目なのよ。私は独りでいなくては」
 女神様は頭振りましたが、主様の御心はとうに決まってしまいました。大いなる神様の言いつけでこの地に座っている他ない女神様のお傍に降りて、たとえ大いなる神様に言われようとも、他所の土地に移ろうとは思いませんでした。
 そうして〈角の主〉様は、告げたとおりに〈冬の女神〉様の周りを何遍も周り、土地をその御慈悲で潤し続けました。何度も何度も繰り返すうち長く凍りついていた大地は息を吹き返し、縮こまって世界の歴史から取り残されていた人々も国を興せるまでとなりました。人々は暮らし、戦い、生きて、三国を建てたのです。
 角の主様が居ることが嬉しくて、人が時に笑って生きることが嬉しくて、ずっと泣いていた女神様もとうとう微笑まれました。
「貴方は私と居てくれるの?」
「それがよいとは思いませんか。独りでないのはよいものでしょう」
 〈角の主〉様がそう仰って見下ろした先、座る大地に人の姿が沢山見えたので、〈冬の女神〉様は小さく頷きました。
 それで〈角の主〉様と〈冬の女神〉様は、仲睦まじく、レクタルヴに並んでいらっしゃるのです。
 三国の人々が〈雪〉を恐れ〈雨〉を尊び生きるようになったのは、その為なのです。人々がこのことを忘れていようとも。

――〈角の主〉と〈冬の女神〉の言い伝え



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