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幕間   獅子王の哀哭


 エルテノーデン王は呻いた。ある噂が風に乗るようにして、遅れて彼の耳に入ったのだ。
「白い髪の、娘……」
 ――港で、そんな話を聞いた。パラファトイに国籍も不明の迷子が居たらしい。
 そう語ったのは、貴族の男だった。食事の席での世間話は、確かめればもう三月も前の出来事だった。
「おお……なんたる……〈角の主〉、そういうことか――」
 ちょっとした噂話のつもりで供されたその話題は、王の心に荒波を呼んだ。彼は何かの発作のように息を荒げ、椅子に爪を立て、怨嗟じみた声を上げた。
「なんたること、あの島が奪ったのは〈雨〉だけではないぞ」
 酒盃が床に叩き付けられ、葡萄酒が石の床を濡らした。騒音はそれだけに留まらなかった。
 黄金の獅子が咆える。
「何も知らぬ愚鈍な者どもが――ああ度し難い。奪われたのは〈雨〉ではない、神そのものだ!」
 ぎょっと目を開いた者たちに、王は牙を剥いて船の支度をと命じる。そうしてまた一言二言、何事かを叫んだ後に顔を覆い、深く溜息を吐いた。嘆きの色濃く、震える息だった。
 早馬が港へと駆け、軍人たちが集めらた。〈冬〉に沈んでいたエルテノーデンは俄かに慌ただしくなった。



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