前頁 / 目次 / 次頁

四  戦果の混乱


 クランフェールが討伐から戻りしばらくも経たないうちに、王城の広い一室に上層部の顔ぶればかりが集められた。部屋の中を見やれば、円卓の席に十数人ほど、狐や蜥蜴の獣人、猫の獣人と人の子の間で授かったであろうハーフ、年老いた人間など様々であったがどれもこの国で力を持つ大臣級の者たちが王の登場を座って待っていた。その顔ぶれにクランフェールは早く帰りたい、と心底思った。
 彼は騎士でもあるが侯爵の地位を授かるランド家の息子として、度々重要な会議に参加しなければならない義務を負っていた。内心面倒だと思っても、逃げ出すわけはいかず渋々といった感じで自分の席へと座った。気づかれないようにため息を吐く中、ようやく王が騎士隊長と共にやってくる。
 二人は部屋の壁に描かれた、白い馬の頭から長く立派な角が生えた生き物の絵に一礼をしてから席に座った。その絵こそがエルテノーデンの民が信仰する主である。その身姿の前で不正はせず、国を正しく導くという意味が込められていた。
 レオハルトがぐるりと集まった顔ぶれを確認して頷くと、獅子の隣に座るクランフェールと似た顔立ちの騎士隊長が開始の声を上げた。
「では、これより会議を始める。議題は、先にも挙げられた魔石についてだ」
 相変わらずのアルフレートの堅い声が部屋の中に響く。前もって分かってはいた議題ではあるが、部屋の中がざわざわとざわめき始めた。魔石の処遇についてはここ暫く議題としては上がるものの、皆、決断を決めかねていた。
 魔石――自然界のエネルギーが長い年月をかけて、凝縮された特殊な石をそう呼ぶ。このエルテノーデンでは自然が豊かなおかげかそんな特殊な石が稀に見つけられた。その石に込められた自然の力を石から放出することで、火の気がなくても炎が生まれ、水がなくても洪水を起こすことができる、魔法のような力を使うことができた。だが、その力はエルフと呼ばれる一部の種族しか使いこなせるものではなかった。
 そこに目を付けた何代か前の王から、長きに渡る研究と実験の成果によりようやく近年、人間でも使えるように改良した魔石ができたのだ。それこそ数百年という長い年月を生きることのできるエルフを使って、実際にそれだけの時間をかけて完成させることが遂に叶った。
 そうして今、生み出された新たな力をどう使用すべきか。という問題が生まれたわけである。
 もちろん魔石が便利なだけの道具であれば誰もが喜んで使うことに賛成しただろうが、残念なことに大きな欠陥を抱えていた。
 一つは存在そのものが希少価値なので数が少なく、人工的に大量生産することは不可能という点。二つ目は巨大な力ゆえに制御が難しく、威力の調整ができないこと。一歩間違えれば敵だけでなく味方まで攻撃しかねない。最後に使用者の体と精神に大きな負担をかけることだ。実際にパラファトイに参戦した兵士の半分ほどが体調不良を訴え、隊列が維持できなくなった部隊も一部あったそうだ。パラファトイでは初めて見る攻撃にあちら側も混乱していたおかげで戦況に影響はなかったものの、今後も戦場で部隊が崩れてしまうような事態があるのは戴けない。
 これらの問題は軽視するにはあまりにもことが重大なものであった。諸刃の剣とも呼べなくはない力を今後どのように使うべきか、もしくは捨てるべきなのかが専ら会議の中心となっていた。
 ざわめきのなか、あぁでもないこうでもないと時間ばかりが無駄に過ぎていく。やがて進まない議題に痺れを切らせた赤顔の男がドン机を叩いた。
「えぇい、この石を今後使うのか封印するのかどちらだ!」
 その振動で机の中心に置かれていた握りこぶし大の琥珀のような色合いの石が揺れた。
「おい、やめろ。間違って発動したらどうするのだ?! この場には王も在らせられるのだぞ」
 細心に取り扱え!など、いやいやこれくらいじゃ発動しない、などと口々に言い合う中、一部の者たちは生きた心地のしないような青ざめた顔で魔石を見つめていた。
 魔石は特に変化はなく、石の中で時たま淡い光の波がさざめくくらいで、後はただ静かに佇んでいるだけである。
 魔石を発動させるためには、石の周りに囲うように沿ってつけられた金属の部分に刻まれた文字を紡ぐことでエネルギーを外に出すための道筋を作り発動させることができる、と彼らは説明されていた。しかし、恐らくエルフ以外でその原理を正しく理解しているものはこの場にはいなかった。
 ちらりと石の賢者と呼ばれる、この魔石を作った男を見た。彼は静かに目を閉じて成り行きを見守るばかりであった。
「そうだ、クランフェール。お前確か先の作戦にも同行していたな」
「あぁこの間の討伐の際にも魔石を使うよう指示していたと聞く。どうだったのだ」
 話を変えるように蜥蜴の獣人が口を開き、クランフェールへと矛先を変えた。それにぎょっと驚き、クランフェールの口からはあーとかえーなど取り留めのない言葉ばかりが漏れた。
 なんと言っていいのか分からず、頭を掻いて言葉を濁しているとアルフレートに睨まれる。やれやれと諦めて肩を竦め、集まる視線を諦めて受け止めることにする。
「へいへい、確かに海上戦には参加したが。まぁ、前の作戦でどっかの隊長さんが命令していたみたいだけど、俺の判断で使わせなかったぜ」
「何だと? 道具を使えるときに使わないでどうする!」
 クランフェールの言葉にアルフレートは眉を跳ね上げ、どういうことだと問いただす。今にも剣を引き抜きそうなアルフレートの気迫に、やっぱりこうなるよなぁとか思いながら、クランフェールはそう言われてもなーと自分の考えを告げる。
「俺もなんて言ったらいいのか分かんねーけど、正直に言うと俺は好きじゃない。だから部下にも使わせなかった。それだけだ」
 誰がお前の好き好みを聞いた、と狐は話にならないと呆れるが一方蜥蜴は面白いと呟いてクランフェールに魔石についてどう思っているのか、言葉の続きを促した。それを見てクランフェールはのどに小骨が引っ掛かったような違和感をどう伝えれば良いものか悩みながらも、自分の中に広がるもやもやをどうにか言葉にして伝えようと試みる。
「もちろんこの力は、この国のためになるだろう。けれど使い方を一歩間違えれば俺たちに牙をむく代物だ。安易に使うにはどーもなぁ。不安が残るというか、あんまり良い気はしないってところだな」
だが、と横から鼬の獣人が口をはさみジノブットの脅威について伝えて言い返す。だがすぐに反対の意見をいう者が現れてはああでもないこうでもないと言い合いが始まってしまっていた。広がる問題に次第に収拾がつかなくなっていった。
「そんな悠長なことを言っている場合かね。ジノブットの次の王が決まったという。聞けば彼は随分と好戦的な男だと聞く。いつ戦争を仕掛けられるかわからないのだよ」
「けどな、確かにクランフェールの言うことにも一理あるぞ」
「ばかばかしい。なんのために予算を割いてまで作り上げたと思っているのですか。これは我々の研究の結晶ですぞ」
 しかし、と誰かが口を開いたところで、ガタリと激しく椅子の引く音が響いた。音のした方を見るとアルフレートが立ち上がって、王に進言をするところであった。
「王よ、このままでは話し合いは終わりません。どうかあなたのお考えを聞きたい」
 レオハルトは黙って皆の意見に耳を傾けていたのだが、アルフレートの苦々しい表情に一つ頷いて見せる。
「あぁ、皆の意見は分かった。この問題は少し急だったみたいだな。しばし保留とし、その間に騎士隊に魔石を使わせて成果を見てみることにする。それで良いな?」
 王のその言葉に誰も否とは唱えなかった。それを見て会議はここで終わりだと告げ、席を立つ。
「次回の会議にまた話し合おうぞ。さて、アルフレート。全騎士に魔石を支給し訓練をさせおいてくれないか。その訓練成果と騎士の意見を交えて判断してみよう」
「御意に」
 アルフレートは頭を深く下げて頷いて見せると、来た時と同じように立ち去る王の後ろへ付き添う。
 解散だ、という鶴の一声ならぬ、獅子の一声によりその日の会議はここまでとなった。
 王が去り、皆それぞれ席を立ち去って行く中、クランフェールは黙って座っていた白い髭を蓄えた年の取ったエルフに声をかけた。
「なぁ爺さん」
 不躾に話しかけるクランフェールの様子にも、不快な様は見せずにエルフは静かに顔を上げて、何かねと尋ね返す。
「このままでいいのか? あんたが作り出したんだから、何か言いたいこととかねぇのかよ?」
 クランフェールが見ていたうちでは、彼は一度も発言をしようとはしていなかった。ただその場で皆の言葉に耳を向けていただけだ。だからクランフェールは彼らが長い時間をかけて自分が作り上げたものについてどう思っているのか、知りたいと思った。
 しかしクランフェールの予想に反して、エルフはただ愉快そうに笑うだけだった。
 何がおかしんだ? と睨みつけると、白い髭のエルフ――ベルク・エルサーレはふわふわとした髭を撫でながら変わらずに笑っていた。
「いやなに、失礼。若いのぅと、ちと思ってな。いいか、騎士殿。儂らは、エルフは王のための道具でしかないのだよ。求められれば助言もする、知恵を貸せと言われれば力も貸そう。だがな、それだけなのだよ。儂らはただこの国の行く末を見守るだけの存在。この国の先を決めることは儂らの役目ではない」
 エルフの訳の分からない言葉にクランフェールは首を傾げた。道具だなんだとアルフレートのようなことを言うやつだと、内心苦い気持ちが広がる。
「あぁ? あんたらもこの国の住人であることに変わりはないだろ」
 そう言って見せたクランフェールを見つめながら、ベルクは昔のことを思い出しているのか遠い目をしつつ淡々と言葉を紡いだ。
「ここにいるエルフは皆、居場所を失い王に拾われて忠誠を誓ったものばかりだ。儂が魔石を作ったのも先々々々代が望まれたこと」
「何が言いたいんだ」
 随分と遠回しな言葉にクランフェールはイライラと老人を睨みつけるが、そこは年の功が勝り、ベルクはただ静かに見つめ返し悟った表情を見せた。
「儂の意見など必要ないということじゃ。儂らはいつだって自然と共に生きる者。お主たちが決める運命がどのようなものであれ、それが自然の理ならばただ受け入れ、見つめるだけじゃ」
 そうしてベルクは細い指をとん、とクランフェールの胸に押し当てる。
「道を作り決めるのはお主たちの役割じゃよ。つまらぬジジイの話など聞いても面白くなかろう、さっさと行くことじゃな」
 にべもなく、そう言ってベルクは重い腰を上げ、魔石と共に去って行った。一人部屋に取り残されたクランフェールは、訳がわからないと頭を掻く。彼にはそのエルフという生き物の生き方が理解できなかった。
 ただ、胃の中に鈍く燻るものが残った気がして気持ち悪かった。


前頁 / 目次 / 次頁


Copyright © 2013 All rights reserved.
inserted by FC2 system