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五  エルフと魔石


 雲一つない青空が住み広がる午後、密かに王室でオルカと王の対談が行われていた。二人きりで話がしたいという王の命に従い、部屋の前には王の護衛の騎士と共にフィーリアの姿もあった。
 彼女は騎士と会話をするでもなくぼーっと廊下の窓から見える空を眺めていた。
 正直退屈だったがオルカの側から離れるわけにもいかず、かと言って騎士たちは彼女に関わろうとはしない。この国の王がエルフを認めていても、普通の人にとっては何百年も見た目が変わらない得体のしれない種族を快く思っていないことをフィーリアは知っていた。
 だから彼女も特別必要もなければ話しかけようとは思わなかった。もちろん国民の全員がそういった態度をとるわけではないということも知っていたが、居心地の悪さは感じていた。
 そんな中、廊下の向こうから見知った顔の二人がこちらに向かってきているのが見える。側にいた騎士も気が付いたのか彼らに軽く手を振った。
「ディン、リック、交代の時間だ。変わりはないか?」
 異常はないと二言、三言軽い事務報告を交わして、ディンとリックと呼ばれた山鼠と兎の獣人の騎士がその場を去ると、後にはクランフェールとルールーとフィーリアの三人が残った。
「おぅ、久しぶりだな」
「えぇ久しぶりね、クラン、ルールー。二人とも元気そうで何よりね」
 先ほどの騎士たちとは打って変わり、旧知の中である二人は気さくに彼女に話しかけてくれる。
 しばらく城下街に出来た新しい酒場の話やクランフェールが狩りで失敗した話をルールーが面白おかしく話した。そんな他愛もない話ができる、数少ない友人の存在にフィーリアは安心した。
 そんなわずかな彼女の変化に目ざとく気が付いたクランフェールが、なんかあったのか?と尋ねてきたが、フィーリア自身も意識していたわけではなかったので、最初は何を言われたのか分からなくてただ首を傾げるだけであった。
「いや、元気なさそうに見えたからあいつらになんか言われたのかと思って」
「ずっと塔の中で御子と一緒だったのだろう? 引きこもり疲れじゃないのか」
 珍しく心配するクランフェールを他所に、からかうようにルールーが柔らかそうな尻尾と肩を揺らしながらそう言うものだから、フィーリアも失礼なと言い返した。
「引きこもりって。人を働かない人みたいに言わないでくれるかしら」
「わかってる。何せ〈雨〉の御子様だからな、外に出て穢れが移っては大変だからな」
 朗らかにそう言ってのけたルールーの言葉にフィーリアがぎこちなく、そうねと愛想笑いで返すと今度は二人が不思議そうな顔をしていた。
 ごまかすように空気を入れ替えるため、フィーリアが窓を開けると暖かい風が吹き抜けた。そよそよと風が髪を攫う。太陽は眩しく頭上に輝いていて良い天気だ。仕事さえなければなんてことはない、穏やかな午後だ。
 フィーリアが良い天気だとクランフェールたちを振り返ろうとしたとき、突然外からドォーンという炸裂音がこちらまで響いてきた。びりびりと窓が揺れ、耳を塞がずにはいられなかった。
「な、何の音?!」
 急いで窓から身を乗り出して、外を見やると城の西側から土煙が舞っているのが見えた。あちらは騎士や兵士の兵舎がある方角だ。まさか賊の手合いかと思って青い顔をするフィーリアを他所に、騎士の二人は平然としていた。不思議そうな顔をする彼女にようやく騎士たちは塔に籠っていた彼女が、数日前に行われた魔石会議の結果を知らないのだということに気が付く。
「あー、なんだ知らなかったのか。今日から正式に俺らで魔石の鍛錬があんだよ。ありゃ先発組だな」
 同じようにクランフェールが窓枠に肘をついて土煙の上がっている方角を、目を細めて見つめた。続いてまたドォーンと落雷の落ちたような激しい音が響く。
 うるせーな、と耳を手で塞ぎながらぼやきつつ面白くなさそうな顔をする。一方、フィーリアはなんだと安心をしてほっと息を吐いた。
「そう、魔石の……」
 そんな彼女の様子を見てクランフェールは先日ベルクとのやりとりを思い出した。彼女も同じエルフならば魔石についてどう考えているのか、興味が湧いた。
 エルフだけが使えた力を、人間が好き勝手に使って力を振るわれることに抵抗はないのか。と尋ねるとやはり彼女もベルクと同じように曖昧に笑うだけだった。
「そうね、私も彼と同じよ。私はただ見守るだけだわ。オルカのことも含めてね」
 見守るだけ、という言葉にどこか面白くないものを感じてクランフェールは鼻を鳴らした。
「つまらねー生き方だな」
 馬鹿にしたように言うがそれでも彼女はそれで良いと笑うのであった。


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