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七  揺れる想い


 激しい轟音が鳴り響く。雨雲もないのに落雷が落ち、岩を削り、大地を削る。そこにあったはずの木々は無残にも薙ぎ倒され、辺りは何かが焦げる臭いに満ちていた。さらにばちばちと不気味な音とともに、どこからもなく火の玉が出現し、大地を燃やした。
「はぁ、ぁ、……はっ」
 頭が揺らぐ、いや大地が揺れているのか。とにかく男は自分の足元も分からなくなるくらい疲弊し、額に玉の汗が浮かぶ。空気を喘ぎ求めるように息を吸い、酸素を肺に取り込む。器官が焼けるように熱い。息をするのも絶え絶えだ。
 クランフェールのいる騎士隊の面々は魔石訓練のために、新たに見つけた城の裏手にある森の開けた場所で訓練をしていた。危険なので二人ずつ交代で魔石を使用していくのだが、すでに皆、クランフェールと同じく疲弊しきっていた。
 魔石の後遺症とでも呼べばいいのか、使用回数が増すごとに使用者の精神や体力を根こそぎ持って行かれる感覚に陥り、酷い場合は眩暈や吐き気を催し、意識を失いそうになることがあった。鍛え抜かれた騎士たちでもこうなるのだから、体力のない一兵士が使えばすぐに倒れてしまうであろう。
「うぁ……ぅ、ごほっ」
 強い何かに体を押し付けられて激しく頭を揺さぶられる感覚に、耐え切れず地に膝をつけ胃の中のものをぶちまけた。ほかの騎士が心配して声をかけるが、それどころではない。胃が空になるまで吐くとようやく吐き気が落ち着いたが、二日酔いのように胸やけをおこし頭が痛んだ。ちらほらとほかの者も同様の症状が出ているらしく、救護班が慌ただしく駆け寄る声が微かに聞こえていた。
「だらしのない。貴様それでもランドの名を語る気か」
 声のした方を見上げると自分と似た顔の男がクランフェールを見下していた。何か言い返してやろうと思ったが、口から洩れるのは呻き声だけだった。
「精神が弛んでいるから、こんなものも満足に扱えないのだ。いいか、よく見ておけよ」
 そう言ってアルフレートが魔石を四つばかり取り出し、刻まれた紋を読み上げる。
 雷雲が、炎が、雨が、風が、起こり、大地を削り取った。それは一瞬の出来事だがそれで十分な成果であった。でこぼこの山道が平らにならされていた。赤髪の男は深呼吸を一つ済ますだけで、涼しい顔をしていた。二つばかり魔石を消費しただけでクランフェールは使い物にならなくなるというのに、この男ときたらどうだろうか。まるで兄と弟の出来の差をまざまざと見せつけられた様で腹が立った。
「ふん、これくらいも使いこなせないのであれば要らぬ。なにを迷っているのだ! 気に入らないなどなんだのと子供のようなことを言って、王を失望させる気か!」
「は。うるせぇ、そんなんじゃねえよ」
 地に伏せながら言い返すクランフェールの様にアルフレートは鼻で笑う。
「世迷言を。貴様がうじうじと下らぬことに悩むからこんなものもろくに使いこなせぬのだ。我らは王の手足だ。王のために生き王のため死ぬ覚悟がないのであれば、今すぐ自害しろ。役に立たない者はこの騎士団に必要ない!」
 アルフレートに叱責され、クランフェールは歯を食いしばりながら立ち上がって、兄を睨みつけた。
「んなことわかってる! 少し休んでたくらいでガタガタいうな。こいつだってあんたにできて俺に出来ないわけない、ぜってぇ抜かしてやるっ」
 それは弟が自分より出来る兄に対抗心を燃やすという、つまらなく有触れた小さな矜持と何ら変わりないが、クランフェールにとってはその原動力だけで十分だった。存外に単純な男だと、クランフェール自身、心の中で嘲笑しながら胸を張って立ってみせる。
「負け犬の遠吠えじゃ聞こえないな。せいぜいみっともなくあの女に泣き付いてコツでも聞くことだな」
 クランフェールも負けじと、あとで吠え面かくなよ、と吐き捨てる。そんな兄弟が取り巻くその一帯だけ空気が凍っていて、誰も近づけはしなかった。その中で、どうにか付き合いの長いルールーだけが止めに入りに来る。
「おい、クラン、アルフレート。そこまでにしておけ。数も限られているのだぞ、剥きになるな」
「なってない!」
 咆えるようにクランフェールが言い返すと、なってるだろ、と言い当てられ黙るしかなくなる。
「ふん、俺は忙しい。後は任せたぞ。せいぜい王の前で恥をかくことがないよう、全員きっちり使いこなせるようになっておけ」
 はっ、とその場にいた騎士が胸に手を当て敬礼を返すと、アルフレートはその場を去った。クランフェールはそんな兄の背中を見て、ままならない現状に舌打ちをするしかなかった。
 兄に扱えて自分に扱えないはずがないと言い聞かせる。先ほどの叱責が効いたとは思わないが、ぐるぐると胸中を占めていた魔石への疑問は抑え込み、今はただ魔石を使えるようになることだけに集中しようとそう決めた。魔石に対する些細な疑問は後から問題になった時に考えれば良い。
 その後クランフェールの気分が治りまともに動けるようになるまで、それから一刻は有し、その日はそこで引き上げることとなった。


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