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八  落ちる白き石


 切り立った細い山の合間に複数の黒い影が見える。それはよく見てみると新緑の服を身に纏った集団であることから、国の関係者であることが見て取れた。皆、岩肌や地面を見て何かを探しているようであった。
 その中の一人、耳の先が尖った青い髪を短く整えた青年が難しい顔をして唸っていた。
「如何した、山の賢者殿」
 それに気が付いたルールーは彼に声を掛けると、山の賢者と呼ばれたエルフは苦々しい顔で地面を指して、〈雪〉だ。と呟いた。彼の言う通り、地面の一部に白い濁りが浮き出していた。これには犬の獣人も顔を顰めずにはいられない。嫌悪感から毛が逆立ちしそうになり、低く唸り声を上げた。
 その気配が伝わったのだろうか、他の兵たちもすぐに〈雪〉の存在に気が付き小さな悲鳴を上げていた。顔を青くして口元に手を当てる者や、震えだす者も決してこちらに近づこうとはしなかった。
 今すぐにでも下山した方が良いだろう、とエルフに告げると首を縦に振った。が、そのすぐ後にでも、と続く。
「ちょっと待って。ここら辺に魔石の気配を感じるんだ。〈雪〉が広がる前に回収しないと駄目だ」
〈雪〉を避けつつ、自身も青い顔を隠しながら山肌に近づく。その様子にルールーは苦虫を噛み潰した顔でエルフの後に続いた。
 血なまこになって目当ての物を探す。それらはよく探してみると石の中に薄く光っているものが見て取れるもので、まるで砂場から砂金を見つけるかのような神経を使わなければならなかった。
 彼らは魔石を探し求めて、エルフに導かれるままに人が踏み入れない山奥へと進み入る。気づけば頭の上で輝いていた太陽も、もう大分傾いてしまった。
 いよいよ本気で下山を考え始めた頃、ルールーは地面の中に薄く光るものを見つけた。急いで掘り起こして、その石を手に取り賢者の下へと駆けよる。
「賢者殿! これではないか?」
 手の平の上で光る石を賢者に見せると、目を見開き青ざめた顔色からさっと血の気が引いたように白くしながら叫ばれた。
「駄目、それすぐに崖下に投げ捨てて。早く!」
 突然の態度に驚くもののルールーは急いで言われたとおりに持っていた石を、横の崖に向けて投げ捨てた。それを見届けて賢者は安心したようにほっと人心地着いてから、先程の石についての説明をしてくれる。
「さっきの魔石は〈雪〉を吸収してしまっていたんだ。要はとても穢れた石だ、触れるだけでも影響が強いかもしれない。だから〈冬〉の力の魔石は捨ててしまった方が良い」
 そうして賢者は諦めたように首を振って、兵士に下山の旨を告げた。これ以上暗くなってはもう魔石探しを諦めるほかなかった。
 ルールーは賢者の話を聞いて今も逆立ったままの毛を宥めるように、自身の腕をさすった。やはり〈雪〉は想像もつかないほど恐ろしいものであると唸る。そうしてルールーは、崖下に落ちて行ったはずの石を見つめた。それはもう底の見えない新緑の海へと沈んで行っていた。


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