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十一  狂いは密かに、歪みは歪に


 フージャと出会ってから数週間が立ち、その時交わした話など忘れた頃。それはいつも通り、魔石の訓練を行っていた時に起った。
「うぉ! なんだこれ……」
 クランフェールの持っていた魔石は石の賢者が見分けた区分が正しければ、風を起こすものであった。それがいざ使おうとしてみたらどうだろうか。石が白く濁りひび割れたかと思うと、白い閃光、のように見えた小さな粉の結晶が放たれ、彼の周りにあった木々を枯らしてしまった。今さっきまで緑の葉をつけていた木々は黒い葉を散らしていた。手に持っていた魔石もただの石ころに戻るのではなく粉となり霧散していく。驚きのまま恐る恐る樹木に触れると乾き、ぱきりと音を立てて砕けた。
 まるでこの地帯だけ〈雪〉の影響を受けたみたいに。
 何なんだと呆けている間に 先ほどクランフェールがあげた声を聞いたのか、近くにいたリックとディンが彼の下へとやって来た。二人とも怪訝そうにクランフェールと周りの惨状を交互に眺めた。
「おい、どうしたクランフェール?」
「なんだなんだよ、この状況は?」
 俺にも何が何だかと首を横に振り、状況を飲み込めずにただ突っ立つ。二人の声がやけに大きく聞こえた気がした。
「おいおいこれって〈雪〉じゃ」
 そうディンが長い尻尾を立てながら叫び、〈雪〉に穢された大地の光景に二人が後ずさった音が響いた。リックは顔を引き攣らせながらクランフェールの肩を叩く。
「何かよくわからないけど、このままここに居るのはまずい。早く麓に降りよう。とりあえずこのことを隊長に報告してそれから、あぁああまさかこんな王城の近くでくっそなんてこった」
 彼も混乱しているのか忙しなく耳をぱたぱたと動かし、定まらない言動で慌てふためく。一方ディンはディンで山鼠らしくぐるぐるとその場を駆けまわり、早くこの場から立ち去ろうと喚いていた。
「何がどうなってんだ? さっきまで〈雪〉なんてなかっただろ? おいクランフェール呆けてないで早く引こうって! こんなところにいつまでも居たくねー!!」
 けれどディンの言葉は未だ呆けているクランフェールには届かず、逆に〈雪〉だ〈雪〉だと叫ぶ二人につい最近どこかで聞いた響きだと考え込む。
 あぁそうだと、ふといつぞやに聞いた少年の声が蘇る――オルカは〈雨〉の御子なんかじゃない。
 いや、とクランフェールは首を横に振った。魔石にはまだ解明されていない点も多いのだ。きっと人間には理解できない何か不可思議な力がたまたま籠っていたものだろう。もしくは自分が知らないだけで、中にはこのような魔石もあるのかもしれない。のだと思い直そうとした。
 けれど目の前で起きた事実は変わらない。確かにこの一帯は先ほどまで〈雪〉で穢れていなかった。なら何故〈雪〉が目の前にあるのか。それは魔石を使ったからでその魔石も〈雪〉のように粉となって消え去った。
 先ほどまで魔石を持っていた、手の平を見つめる。少年の作り出した物語が実は本当だったのだとしたら――あの魔石はオルカに見せたときに持っていたものだったはずだ!
 そのことに気が付き心臓が早鐘を打ち、手は小刻みに震えてきた。嫌な汗が背中を流れ、不快感が込み上げてくる。もしかしたらもしかするんじゃねーのか、と心の中で悪態をつきながら、リックとディンを振り返る。
「おい、もしかするとこの〈雪〉ってさっきの魔石が出した力なんじゃないか?!」
 クランフェールがその気が付いた可能性を興奮気味に話すが、彼がフージャの話を聞いた時と同じように、彼らも何を馬鹿なとまともに取り合ってくれようとはしなかった。
「何だよお前〈雪〉に頭やられたのかよ? さっきの魔石ってなんだ? それに魔石にそんな力があるだなんて俺は聞いたことがないぞ」
 小首を傾げながら言うディンに同意するようにリックも深く頷いて、心配そうにクランフェールの顔を覗く。
「今は冗談言ってる場合じゃないだろう。それに、そんな危険なもんならエルフの奴らがなんか言ってくるはずじゃないのか」
 「もしかしてエルフの反乱? 俺たちを騙してたりして」とか冗談めかしてディンが哂うので、クランフェールは思わず小さなその頭をぶっ叩いた。友人を貶されて怒らないでいられるほど今のクランフェールには余裕がなかった。
「てめぇ冗談でもあいつらのことそんな風に言うな! 次は本気で殴るぞ」
 予想通り軽い頭はばきっと痛そうな音が響き、おまけによろけて倒れたせいでディンが余計に騒ぐ。
「痛〜ぁい、十分本気だっただろう。このやろう!」
 リックが倒れたディンを助け起こしている間に、クランフェールは急いで近くに繋いでいた馬に飛び乗った。
 やはり魔石は人の手には余るものだったのではないかという一度押さえ込んでいた疑問が胸の中で再び、少年の言葉と共に蘇る。それにもしオルカがポルトヴィルタで出会った少年が言ったように、本当に〈冬〉に関係のある少女であったとしたら? 
 ――自分は何か重大なことに気付いてしまったのではないか?!
 そんな思いが胸中に渦巻、興奮して鼓動が激しく波打つ。急いで城へ戻り確認したかった。だからこんなところで小動物たちと戯れている場合ではないのだ。
「あ! こら待てクランフェール!!」
「うるせー、俺はやることが出来たんで先に戻るぞ。お前らはアルフレートに報告を頼んだっ」
 そう叫び終わる前にはクランフェールは馬の腹を蹴り、駆けだしていた。
「おい、待てってどーすんだよこの状況を! 戻って来いこの馬鹿野郎―!!」
 遠くから二人がぶちぶちと文句を言うのを背に聞きながら無視して、一刻も早くとさらに馬の速さを上げ、最速で城へと駆けた。


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