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十二  隠されし想い


 急いで黒い犬の騎士を探し出し尋ねるが、けれど彼もそんな現象は知らないという。ならばと一番詳しいであろう、石の賢者の下へと向かった。
「おい!」
 王宮の客室の一室にいるベルクを訪ね、先ほど起こった現象について詳細に説明する。興奮して矢継ぎ早に説明する様子を静かにエルフは見詰めていた。しかし説明を終えた後、彼の口から出てきたのは思いもよらない、知らん。と突き放した言葉であった。
「んなわけないだろ! あんたは何か知っているはずだ」
 ベルクが座る机の前に詰め寄り睨みつけるが、老人はクランフェールを見ることなく手元の鉱石を磨き続けていた。はぁとため息を吐きながらもう一度首を横に振る。
「知らんと言ったら知らん。お主、あまり魔石には良い感情を持っていなかったな。だったらただの事故だと思えば良い」
「なんだよ、それ」
 納得いかないと食い下がる男にベルクは息を吐いて椅子から立ち上がった。
「いいか、若いの。長く生きたいのなら知らなくてよいこともあるのだ」
 この鉱石のように沈黙していればな、と磨いていた鉱石を撫でる表情は疲れ切った様子であった。
 けれどもベルクが漏らしたその言葉は肯定と同じ意味だと気が付いたクランフェールは、薄々と考えていた自分の考えが――フージャの言葉が限りなく正しいものであったことに呆然とした。
「じゃあやっぱりあの子は〈雨〉の御子じゃないのか。まさか、あの力、本当にオルカは〈冬〉に関係があるのか?」
「それをどう証明するとでも?」
 そう言って、老人は口を閉ざしてしまった。オルカが〈冬〉に関係するものだと知り、小さな疑問が猜疑心へと変わっていく。机をドンと叩き低く唸った。
「くっそ。王はこのことを知っているのか?」
「儂は何も知らん。さっさと帰ってくれないかのぅ。煩くて老人には適わなくてな。それにもうお主は、リアにもあの少女にも近づくでない」
 そうして背を押され、無情にも部屋のドアを閉められた。一人、廊下に追い出されたクランフェールは訳が分からないと、頭を抱えるしかなかった。
 ――どいつもこいつもなぜオルカのことになると口を閉ざす?
 突然襲う漠然とした不安感に息苦しくなる。誰がどこまで知っていて、何を思って動いているのか分からず、まるで見えない敵がいる戦地の中に一人取り残されて気分になる。
 ずるずると廊下の壁に凭れて座り込む。ここが戦地なら足を付けた時点で負けだろう。けれどごちゃごちゃになった頭の中を整理しなければ、どうしてよいのかもう分からなかった。
 間違いなく、確証はなくとも確信に近い形でオルカは本当に〈冬の女神〉と何か関連があるに違いなかった。けれど言葉だけでは自分と同じく誰もこんな話を信用はしないだろう。どれだけ長い付き合いだってルールーすら鼻で笑って寝言だと馬鹿にされる度合いだった。
「じゃあどうする?」
 一人ごとを呟き、情報の整頓を進めていく。
 このままベルクの言う通り、黙って気づかない振りをし続けることも可能だが、それで本当に納得できるのだろうか。万が一にレオハルトが知らずにオルカを招いたとう可能性だって捨てきれない。もしそうだった場合、これから何か起こってしまったら自分はどう責任を取れば良いのか。
「言葉だけで駄目ならば……」
 ならば、もう一度同じことをしてあげて証明すればいい。自分の目で見たことならば皆が認めずにはいられなくなる。
 真実を知っていそうなものは口を紡ぎ、ほかの者は誰もが彼女を〈雨〉の御子だと思っているのだ。だったら誰かが動き出さなければならないのだろう。
「信用できる情報も少なすぎるし、オルカのことだってこれからどうするべきなのか。あー考えることたくさんありすぎだろ」
 それでもうじうじしているのは性に合わないと両頬を叩いて気合を入れ直す。とにかく動きだそうと決意し、クランフェールは行動に移そうと立ち上がった。
 けれどそこで自分の手持ちの魔石が先ほどのですべて使い切っていたことを思い出した。魔石は希少なものだから支給される数も限られていた。残念なことにクランフェールに分けられたものはすべて使い切ってしまっている。申請しても通ることはないだろう。
 盛大に舌打ちして、もう一度知り合いの下へと引き返す。騎士待機室に入ると最後に出て行った時のまま、黒い犬の騎士はそこに居た。
「ルールー!」
 半ば怒鳴りながら扉を勢いよく開けて入ってきた男を、ルールーは騒々しいと呆れた表情をしていた。話が長くなりそうだと察したのか、書類にサインを入れていた手を休めて温くなったコーヒーを啜る様子にクランフェールは構わず用件を告げた。
「魔石もってねぇか?一個でいい。俺に譲ってくれ!」
 突然言い出したことにルールーは驚いて啜っていたコーヒーでむせ返っていた。苦しそうに咳込んだ後、盛大に怪訝な表情になる。失くしたのか、と苦々しく尋ねてくる様子にクランフェールは思わず、違う!と怒鳴り返した。
「ちょっと気になることがあって調べたいんだが、俺の支給された分は全部使い切っちまってさ」
「それで俺のを渡せと? お前一体何をするつもりだ。そう簡単に渡すわけにはいかないんだぞ」
 もちろん簡単にいくとは思っていなかったクランフェールは、普段は下げない頭を下げて、どうか頼むと頼み込んだ。そんな友人の様子を探るような視線でしばらく眺めていたルールーだったが、なにやら必死な様子だけは伝わったようであった。クランフェールは好戦的な男だが決して馬鹿な男ではないと知っている分だけ、どうしたものかと低く唸った。
「うぅむ。少し考えさせてくれ。今私も手元になくて、申請中なんだ。手に入ったら連絡ぐらいはしてやる」
 その言葉を聞いてクランフェールは頼む、と力強くルールーの背中を叩いた。調子の良い奴めと毒づくがクランフェールはどこ吹く風で笑うばかりであった。
「何をするつもりか知らんが、せいぜいアルフレートに見つからんことを祈ってやる」
 そう言い終わらないうちに部屋を出て行った友人の姿にやれやれとルールーは肩をすくめた。何もなければいいけどな、と一人ごちたがその言葉を聞き届ける人は誰もいなかった。


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