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十四  失墜の騎士


 翌朝、クランフェールがオルカのことを尋ねようと王との謁見を付ける前にその王に呼び出された。
「騎士隊、クランフェール・ランドただ今参内いたしました」
「顔を上げろ」
 玉座の前で跪き、王に声をかけられてからその顔を上げた。獅子の横にはいつものようにアルフレートが立っている。
「お前は優秀な部下だ。だが時として、その優秀さも仇となることもある」
「どういう意味で?」
 突然切り出された話の先が見えず、クランフェールは問い返すが、王がその答えを返すことはなかった。
「さて、仕事熱心なお前をぜひポルトヴィルタの地方隊長に推薦したくてな。どうだろうか。今あそこの街は前の戦のせいで部隊長が責任を取って辞任してしまい、人手が足りないのだ。お前が快く返事をしてくれれば、すぐにポルトヴィルタの領主であるハルヴィン卿に書状を送ろう。今すぐ荷をまとめ明日にでも旅立ってもらいたい」
「待ってください、王よ。私には王のおっしゃりたいことがいまいち分からないのですが」
 急に告げられた命令にクランフェールは驚愕を隠せなかった。なぜこのタイミングなのだ、と叫びだしてしまいそうな衝動を理性で食い止める。
「はっ、これだからお前は馬鹿だいうのだクラン」
 横からかけられた声に呆然と振り向くとアルフレートがクランフェールを見下ろしていた。
「お前にYES以外の返答があるのか。これは王直々の命令だぞ。それに騎士であるお前がポルトヴィルタの長になればパラファトイも手を出しにくいだろう。すぐに友好に交易が戻るだろう、という考えあってだ。お前ごときでも役に立つのだ、存分に働いて成果を見せてみろ」
「返事は今すぐでなくともよい。だができるだけ明日の朝までに返答を」
 このままではオルカのことを告げる前に、王城にはいられなくなるとクランフェールは悟り、話を無理やり切り出すことにした。
「王! 実は話があるのです」
「うむ、なんだ。事態を急ぐ話か?」
「〈雨〉の御子について王に聞きたいことがございます。先日ポルトヴィルタで不審な少年の報告をいたしましたが、その少年がオルカは〈雨〉の御子ではない、彼女は〈冬の女神〉だと言っていました。もちろん私も一蹴しました。けれど彼女がこの国に来てから不可解なことがいくつも起きています。先日の魔法訓練では――」
 けれどもクランフェールの話は途中でレオハルトの声が遮った。冷たい獅子の視線が小さな人間に突き刺さった。
「クランフェールよ、お前は疲れているのだ。貴公には仕事よりも暇をくれてやろう。仕事熱心だからな、休暇の間はその騎士位も一時的に返してもらう」
 その王の発言にクランフェールは足元が崩れていくような眩暈を覚えた。余計なことを知った自分をこの王城から遠ざけるというのだ。
「なっ?! 王は彼女の正体をご存じでこの国に招き入れたのですか?!」
「どのようなものであれ、神は神だ。〈角の地〉の者が見過ごすのであれば、代わりに誰かが保護をしなければなるまい。この大地の神を一番崇め奉れるのは我らだけだ、クランフェール」
「っ……。神のために民を苦しめると?」
「苦しめるだと? 違うな、神の加護を得られれば民は救われるのだ」
 そんな馬鹿なと叫びだしそうになったが、どうにか言葉を飲み込んだ。オルカを手元に置くことで、本当に神たちの加護を得られると信じていられるのだろうか。寧ろ、人の手によって閉じ込めていることにより怒りを買うのではないかとクランフェールは思った。
「もうよい。去れ。頭が冷めたころには使いを出そう。それまではグラディウス卿の下で大人しくしていると良い」
 それから呆然としたままアルフレートに引きずられる形で謁見室から追い出された。
 しばらくして立ち直ったクランフェールは、大変なことになってしまった事態に憤りを隠せなかった。
 それからルールーやフィーリアに別れを告げる暇もなく、すぐに城から追い出されたクランフェールは仕方がなく、自分の屋敷へと戻るしかなくなったのだった。


 謹慎を言い渡されてから一週間ばかり経ったが、することもなく、かと言って好きな狩りに出る気分にもなれず、ただごろごろと一日をクランフェールは過ごしていた。だらしなくソファーの上に寝そべり、ぼーっと時間が過ぎていくのを待った。
 フィーリアとはあの夜以来連絡を取ってはいなかった。まだオルカの側に居るであろう彼女は何を考えているのであろうか。
 警告していたのに謹慎処分を食らっているクランフェールに呆れ返っているのだろうか。それともオルカのことでまだ悲しんで辛い思いをしているのであろうか。今のクランフェールにはそれすらも分からなかった。
 ふと机の上に置かれた石が目に入る。昨日律儀にルールーが持ってきてくれた魔石だった。
「どーすっかなぁ」
 ひとりごちるが返ってくる返事はない。
「オルカは本当に〈冬の女神〉なのか……」
 オルカの本当の正体。なぜ自分を遠ざけたのか、王の真意。〈冬の女神〉はどうするべきなのか。何が正しくて、何が間違っているのか。どの道を進むべきだったのか。疑問はいろいろ残ったままだった。けれどこれ以上オルカのことに関して首を突っ込んでは、今度こそ謹慎なんかの処遇では済まなくなる可能性もある。このまま大人しく屋敷でのんびり過ごしていた方が確実に安寧な生活を送れるだろう。
 それでもふと、フィーリアがたまに浮かべる寂しげな横顔を思い出す。そしてあの夜、居場所を失う思いをしたくないと悲痛な声を上げていた彼女。なぜあの時彼女の背を追って、もっと話し合わなかったのだろうかと後悔を抱いた。
 それから、あぁ、と溜息のような音を漏らす。今までずっとあの寂しげな様子は、人と同じ時間を過ごせない、寂寥感のせいだと思っていたのだが、それは大きな勘違いだったのだと今更になって気が付く。あれは後悔していたのだ。故郷を捨ててしまったことへの。若しくは故郷を追い出され原因となったものに出会ってしまったことに対してかもしれない。
 くしゃりと前髪を掻き分け、身を預けていたソファーから体を起こす。
 フィーリアはオルカに自分と同じ思いをさせたくないと言っていた。それは居場所を失うこともかもしれないが、どちらかと言えば後悔して欲しくないという意味合いも含んでいるとクランフェールは思った。この選択は本当に正しいのだろうか。オルカにだって後悔して欲しくないし、自分だって選択を誤って後悔なんてしたくない。なによりこれ以上フィーリアにあんな顔をして欲しくないと思った。
 低く唸り声を上げてクランフェールは立ち上がった。うじうじ悩むなんて自分らしくないと叱責する。それから壁に立て掛けていた愛器の柄を握り、どうするべきかを逡巡する。
「今あいつの代わりに動かないで、どーするってんだよ」
 自分の保身を考えて、後で後悔する羽目を見るなんて自分の性には合わない。どうせやってだめで後悔するくらいならやらないで後悔するよりも数十倍ましだ。
「王よ、悪いがやっぱりじっとなんてしてられねーわ。俺は俺が正しいと思う道を歩まなければいけない。例えあんたと分かつ道でもよ、こんな気持ちのままで仕えられるよりましだろ」
 自分の主は聡明な方だが、万能な人ではない。彼だって道を間違えることだってある。側に居れば近すぎて見えないものも離れてみればわかることだってある。オルカのことが解決するまで戻りたいとは思わなかった。
 王のためにもフィーリアのためにも、もちろん自分のためにオルカのことをどうするか考えなければならない。ならまずは何をすべきか。情報を集めなければ、と思いそこでふと少年の顔が思い浮かんだ。
 あのパラファトイから来たという少年ともう一度話してみよう。さっそくそうと決心したクランフェールは身支度の準備をした。目指すは港町ポルトヴィルタだ。


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