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十五  動き始める運命の輪


 潮風のにおいとともに街はいつもの賑やかしさをみせていた。
 少年の特徴を告げると、すぐに見つかった。船着き場で海を眺めている少年の後ろ姿は、数週間前の記憶の人物と一致した。何と声を掛けようか少し迷ってから、馬鹿馬鹿しいとクランフェールは自嘲してその背に、よぅと投げかけた。
 クランフェールの声に、幼さを少し残した顔がこちらを見上げた。
「あなたはあの時の……」
「お前に話が合ってきた。あん時は悪かった」
 不審げにこちらを見つめる少年に居心地の悪さを感じたながら、クランフェールはフージャの隣に座りこみ同じように海を眺めた。船は全て漁に出ているのか、波音と遠くで海鳥が鳴く声しか聞こえなかった。
「ちょっと事情が変わってな。あんたのこと信じるしかなくなってね。と、自己紹介まだだったな。俺は騎士隊、じゃなかった。今はただのクランフェール・ランドだ」
「……前は色々と言いましたが、それなら俺もただのフージャです。家の名を名乗れる状況じゃないんです、本当は」
 クランフェールは気にするな、と言おうとしてふと改めて聞いた少年の名に、以前は気が付かなかったがどこかで聞いた名だと記憶を遡る。確か、オルカが言っていた名前もそのような響きだったような気がする。
 そこで漸くオルカの言う少年とオルカを助けようと奮起している少年が同一人物なのだと気が付き、クランフェールは喜んだ。
「あぁ、そうか! あんたが、オルカの会いたがっていたフージャか」
 急にそう叫んだ男に、フージャはオルカが自分のことを話していたことに驚きを隠せず思わず立ち上がっていた。
「オルカが俺のことを?」
「あんたに会いたがってたぜ」
 そうクランフェールが以前会ったオルカのことを思い出して告げると、フージャは少しだけ顔を綻ばせたが、すぐに俯いてしまった。今の現状では喜んでばかりもいられないのは、クランフェールもフージャも同じ思いであった。しばらく二人の間に沈黙が訪れたが、やがてクランフェールがいつものニヤリとした笑みを浮かべて言った。
「なぁ、俺と取引をしないか?」
 唐突にそう提案し始めるクランフェールにフージャは首を傾げた。クランフェールが何を考えているか分からないと疑うように見つめた。もちろん彼もすんなり話がうまくいくとは思っていない。世の中ギブアンドテイクだと笑う。
「あんたはオルカを助け出したい、俺もある人のためにオルカを助けてやりたいって考えている。そこで、だ。あんたはあんたの知り得ている情報を、俺も俺の知っている情報をあんたに教える。それで目的を達成するまでの共闘関係を結ぶってどうだ」
「俺みたいなやつの手でも借りたい状況ってことですか、今」
 そう真剣に尋ねるフージャにクランフェールは首を横に振った。
「いいや、お前じゃなきゃ駄目なんだ。オルカを救えんのはお前だけだろ」
 クランフェールがそう言って力強く肩を叩くとフージャも強くうなずき返した。あなたのこと誤解していたかもしれません、と少し恥じ入るように俯く少年に、クランフェールは笑った。
「いや、間違ってないさ。俺は俺のためにやるんだ。俺が後悔しないためにな」
 よろしく頼む、と言ってクランフェールが右手を差し出すと、フージャはその手を取り握手を固く交わした。それからフージャの知っている話は以前に話したことだけだということで、クランフェールは今までの自分の経緯をフージャに話した。そして魔石の説明とオルカの力が魔石に移せるのではないかという推測を少年に伝える。
 魔石の話をし始めた辺りから難しそうな顔をしていたフージャも、やがてその可能性に僅かな希望を見出し始めていた。
「その話が本当なら――オルカは、ただの少女になれるかもしれないんですか」
「あくまで可能性があるって話だけどな。だが、試してみる価値はある。だろ?」
 一つの賭けに乗るかと囁けば少年は今までで一番深くうなずいてみせた。それをみて気分を良くしたクランフェールは、よっしゃあと掛け声とともに立ち上がった。
「じゃあやってやろうぜ! オルカのところまで俺が案内してやる」
 クランフェールが軽く右手を上げるとそれを見たフージャも己の右手の平を打ち付けた。乾いた音だがそこには確かに二人の思いが一致した音が響いたのだ。こうしてクランフェールとフージャの小さな同盟がここに生まれたのである。



 高い塔の上。いつもなら澄み渡った夜空に浮かぶ星月の明かりを楽しむことができるのだが、生憎と今日は分厚い雲が空を覆っていた。
「今日はお星さま見えないね」
「そうね、曇りだから見えなくて残念ね」
 最近のオルカのお気に入りは星を眺めることだった。エルテノーデンは空気が綺麗で、王都の中でも一番高い建物である塔からは星がよく見えた。時折切れる雲間から、きまぐれに顔を出す月を恨めしくも思いながら、また明日と心の中で呟いて少女は窓を閉めた。
「明日は見えるかな?」
「仮にも天測者という役割を持つ私が自信を持っていうわ。明日は一面満開の星空が見られるわよ」
 よかったとにこやかに笑う少女にフィーリアは星が好きなのかと尋ねた。
「うん、流れ星を探してるの。ここは星がたくさんあるから一個くらいオルカのために落ちてこないかなーって。流れ星にね、お願い事をすると叶うんだって! だからフージャが早く迎えに来てくれますようにってお願いしようと思って」
 少女の健気な祈りに、フィーリアの胸は痛んだ。人間の勝手でこの子をこの場所に閉じ込めていることに罪悪感を覚える。
 先日の夜、クランフェールと言い争いになったが、彼女が自由になる道があるならその道を歩ませてあげたいと勿論思っている。けれど、思うだけではどうにもできない問題もあった。外に出て傷つくくらいなら、このままここに居た方が幸せと言うこともある。だから少しでも彼女にとって居心地の良い場所となれるように努力してきたつもりだ。それでも彼女の心を支えているのは一人の少年であることに変わりはない。
 あの後クランフェールはオルカのことを知り過ぎたと謹慎処分がいい渡ったらしく、しばらく顔を見ていなかった。後味の悪い別れに少しだけ後悔する。
 フィーリアはなんとなく自分の人生を振り返り、後悔ばかりしているような気がして自嘲した。けれどもやはり、彼の言葉は甘くて詰めが甘いのだ。そこにどれだけの困難が待ち受けているのか考えられていない。長く生きていた方が弱くなるものだと、なんとも言えない表情をしていたのかオルカが小首を傾げてフィーリアの様子をじっと見つめていた。
 純粋な瞳に見つめられて居た堪れなくなった気持ちをごまかすために、そっとオルカを抱きしめた。髪を撫でるとオルカはくすぐったそうに笑う。
「リアお姉さん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないわ。いつか叶うと良いわね」
 運命が動かない限り、彼女自身に居場所を選ぶことはできない。きっとこの国にもずっといることは叶わないだろう。王が二国に働きかけをしようが、どちらかが遅かれ早かれ動くに違いない。〈雨〉は〈冬の地〉に住む人たちの祈りなのだから。彼女の存在がどうあれ利用価値はたくさんある。とそこまで考えて暗くなった気持ちを打ち消すように、明るい声を出してオルカに言った。
「さぁ、そろそろ寝ましょうか!」
「はーい」
 最後に一撫ですると、オルカは元気よく寝台へと潜り込んでいく。
 フィーリアは部屋の灯りを消すために燭台へと向かおうとすると、がたりと窓から音がした。オルカが窓を閉め忘れたのか、もしくはまたクランフェールが忍び込みに来たのだろうか。
「なにかしら?」
 そう呟きながらフィーリアは窓に近づいて開けると、暗闇に紛れるようにして黒い影がさっと部屋の中に入ってきた。黒いローブに身を纏いフードを目深にかぶった怪しげな風貌。すぐに侵入者だと気づいて、急いで壁に立てかけられている弓を手に取り男に向けて構えた。影は気にした様子もなく、ゆらりと立ち上がりこちらへと向き直る。
「やぁ、こんにちは。綺麗なお姉さん」
 影から発せられた声は若い男の声だった。間違ってもクランフェールではない、聞きなれない声。独特の訛りからこの国のものでないのが分かる。警戒しながらフィーリアは鋭い声を張り上げて誰何した。
「答えなさい! あなたは誰? どこから入ってきたの!?」
「ん〜、そりゃ招かれればどこでも入れるってもんでしょ」
 男のその言葉に内部のどこかに間者が紛れ込んでいることに気づき、心の中で舌打ちをした。手に汗をかき、滑り落ちそうになる弓をぎゅっと握りなおし、男を睨みつける。
 やれやれといった様子で軽く手を上げる。
「俺は怪しい奴じゃないってば。そこの御子様に用があるだけでさ」
 男が寝台の上に座るオルカの上で視線を止めた。危機感を覚えてオルカに向かって「逃げて!」と叫ぶも、オルカはシーツを握りしめ、どうしたら良いのかわからずにオロオロするばかりであった。
「さて、と。これも仕事なんで悪く思わないでくれよー」
 男がフードを上げると、その下には金色の毛並みに三角の耳がついた若い青年の顔が出てきた。自国の王と同じ金の毛並みだが、比べるまでもなく目の前の男のほうがくすんだ色だった。けど、毛並みとお揃いの金の瞳は鋭い光が宿っていて、狙いを定めた猫のように水晶体が萎んだ。三日月の瞳。猫のようでは語弊がある。男はまさに猫の獣人であった。
「あなた、ジノブットの兵士ね」
 パラファトイでは気候の問題上、獣人は住まない。ということはジノブットの手のものとみて間違いないだろうと当たりを付けたフィーリアは睨みつけるように青年を観察する。
「さー、てね」
 じり、と動きを見せる。弓を構えたといえど、この距離では意味がない。ただの牽制は軽々と突破される。誰か!! と外にいる見張りの兵士に助けを求めようと叫び声を上げようとしたが、素早く男が近づき口を手で塞がれた。
「おっと、ここで呼ばれると困るんだよねー。あくまでも隠密にってね」
 どうにか振りほどこうとするも、残念ながら女の身の上では男の力は強く敵うことはできなかった。ふと、首元に冷たい感触を覚えた。男が彼女の首筋に鈍く光るナイフが突き立てているせいだ。そのことに気付いた瞬間、ひやりと背中に冷たい汗が流れ落ちる。
 そんなフィーリアの様子にもお構いなく、男は彼女の耳元でふっと笑う。
「どーしよっかな。殺す、には勿体ないよね。エルフって超珍しいんだっけ? 俺初めて見たな」
 上から下までまじまじと観られて、嫌悪感を覚えるが怯んだ様子を気づかれないように冷静を装った。
「リアお姉さんを放して!」
 見かねたオルカが寝台から飛出し、男の片足にすがりつくような形で走り寄った。男は少し体を揺らしただけで堪えた様子はない。小さな子供が足に縋り付いたところで獣人の男にとってそれは何の障害にもならなかった。
「おっと、これはこれは御子様。っと傷つけちゃいけないんだっけ。面倒だなー」
 それをフィーリアは心臓が凍るような思いで見つめる。逃げてと叫んだのだ。自分を見捨てて、どこかに逃げてほしかった。同時に彼女が自らこの部屋を出ることができないことも理解していた。
「んー、ちょっとだけ寝ててくださいね〜。怖くないから我慢してくれよ」
 トン、と小さな首に手刀を当てる。きゃっ、と短い悲鳴と共に少女の体が揺らいだ。
 崩れ落ちる少女の体をフィーリアの口を塞いでいた片手で抱き留めるが、首からナイフが離れることはなかった。声を上げることもできないまま、その光景を眺めるしかなく歯がゆい。猫のように目を細めた男は、フィーリアを見つめ舌なめずりをする。クランフェールとはまた違った獲物を追い詰め方に背中がぞわりとし、恐怖を覚える。
「さ、ってと。お姉さんはどうしようかな。んー、連れてくか! こんなにべっぴんさんだし勿体ないよね〜」
 にこりと笑う男。チェシャ猫のように三日月に笑う男の顔が近づいたかと思うと、お腹に重い衝撃を受け、視界が狭くなっていく。意識を手放す最後に思い出したのは、三日月の下に浮かぶ赤銅の男の顔だった。


「クランフェールさん! 本当に大丈夫なんですか?衛兵に見つかったり」
 暗闇に紛れながら城内に侵入することに成功した彼らは静かに塔へと向かって歩いていた。
「大丈夫だって。この道なら誰も来ないって」
 角で通りの様子を伺いながら、人気がないのを確認しながら進んでいく。何度か衛兵に見つかりそうになりながらも、ようやく天候の塔の下へと辿り着く。
「本当にたどり着けた……。って、ここからどうするんですか?」
「おぉ、中の奴に話しつけてくるからちょっと待ってろ」
 中の衛兵に顔見知りがいるので彼を当てにするつもりだった。しかし、塔の中に入ろうとして様子がおかしいことに気付く。血の匂いがしたのだ。急いで中に入り、見張りの衛兵が倒れているのを見つけて駆け寄る。どれも兵も喉を切られてこと切れていた。その中に知り合いの顔を見つけて心が凍った。嫌な予感を覚えて塔の階段を駆け上ろうとしたところで、外からフージャの声が響く。
 飛び出すと、大きなこぶのような影が塔から王城の外に向かって走り去っているところであった。
「オルカ!」
 フージャが少女の名を叫び走り去る影を追いかけるのを見て、こぶだと思ったものが担がれた人の影だと気づく。布か何かで巻かれた隙間から白い髪が見える。オルカを攫ったのだ。もう片方の影をみるとそちらも見覚えのある服の色が零れ落ちていた。オルカと一緒にいたことも考えてフィーリアのものだと気づいた瞬間、クランフェールも影に向かって走り出した。
「おい、待ててめぇ! このっリアを放せ!!」
 影は追走者に気付き、速度を上げる。外で待機していた影の仲間だろうか、空の馬を引き連れて駆けてきた馬上の上にも同じようにローブを目深まで被った黒い影が近づいてきていた。
 盛大に舌打ちして心の中で悪態をつく。
「フージャ、武器寄越せ!」
 そう叫ぶと同時に手に持っていた槍を構えて、馬上の影と二人を手渡している影との間に槍を投げつけた。誘拐犯はそれに気づき、一歩下がると地面を抉って槍が突き刺さる。影たちが怯んだ隙に距離を詰め、フージャから奪い取ったサーベルで影に切りかった。隙だらけの様子に、もらったと思った直後サーベルに鈍い衝撃が伝わる。
「なにっ!?」
「うわ、びっくりしたー!」
 三日月のような婉曲な剣にクランフェールの一撃は塞がれていた。その勢いでフードの跳ね上がった下から出てきたのは金色の猫の顔だった。
「この、」
 使い慣れない武器を勢いよく振り回すが、すべて弾かれる。そんな二人の様子に、オルカとフィーリアを乗せた馬上の影も戸惑っているようだ。
「おっと。おい、先に行ってろ!」
 クランフェールの猛撃を防ぎながらも猫の獣人が馬上の影に叫ぶと、馬がくるりと反転して外へと駆けはじめた。二人を乗せた馬が走り出したことに焦りを覚える。
「ふざけんな!」
「わりーね、これも仕事なんでさ。それに俺って女の子には優しくするけど、男には容赦しないからね」
 猫男が懐からなにか取り出そうとしているのに気付いて、飛び道具の存在に身構え、身を引く。その様子ににやりと笑ったのを見逃せなかった。
 油断ならない男の動作に身構えるも、男が取り出したのは何かの丸い玉だった。何をしたいのかに気付き、急いで阻止しようとするも距離を取ってしまったのが仇となった。
「残念〜。ここでさよならだ」
 その玉を地面へと投げつけた瞬間、弾けて白い煙がもくもくと立ち込めた。目晦ましようの煙玉だ。
「ぐぉ、こっの! 逃げるな、戦え! この腰抜けどもが」
「あはは。そんなこと言われたってね、逃げるに決まってんじゃん。じゃーねー」
 何も見えなくなった視界に、馬の嘶きが響く。音を頼りに追いかけ、煙から脱出するも、もう男の影は遠くに去った後だった。
 自分の不甲斐なさに地団太を踏む。それでもすぐに逆方向から武器を受け取った際に自分たちの馬を連れてきてくれと頼んでいたフージャが馬を連れて戻ってくるのを見て、叫んだ。
「くそ、逃げられた! おいフージャ追うぞ!!」
「急ぎましょう!」
 急いで馬に跨り闇雲に猫男が走り去った方向へと走り出そうとするが、そこに遅れてアルフレートと数人の兵士が騒ぎを駆けつけてくる声に引き留められた。
 何の騒ぎだと叫ぶアルフレートの姿を見つけて、やつあたりに近い声で現状を報告する。
「アルフレート! ここの警備はどうなってんだ、くっそたれ! 御子とリアが攫われたぞ。犯人は黒いフードをかぶった二人組の男で一人は金毛の猫の獣人で、恐らくジノブットの者だ」
 一気に今の状況について捲し立てるように説明をした。それを聞いてアルフレートの機嫌はみるみる降下していく。連れていた兵士に王への報告と援軍を連れて塔へ様子を見に行かせるように指示を飛ばす。
「それで、お前はみすみす取り逃がしたのか」
 蔑んだ視線を正面から受け取り、クランフェールは分かっていると頷いた。自分の不始末は自分でつけなければ。
「わかってるっつの。俺はリアを連れ戻しに行く、あいつらを追いかける!」
 そう言ってさっさと去ろうと馬の腹を蹴って駆けようとするが、待てとアルフレートから再び静止がかかった。それでも無視して行こうとすると、珍しく慌てたようなアルフレートの声が響いた。
「くそ、待て。お前に渡すものがある」
 忌々しそうな顔をしながら、懐から何かの布袋を取り出し投げてクランフェールに寄越した。なんだ、と視線で尋ねると俺は預かっただけだと告げられる。
「ベルクから受け取った。お前に渡せと。中身はあずかり知らんな」
 それからぼそぼそと聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声量で、気を付けろと付け足されたのが聞こえた。珍しい兄の様子にクランフェールは鳩が豆鉄砲を食らったような気分になった。
 何かの聞き間違えかと思って聞き返そうとしたクランフェールの声を遮って、今度はアルフレートの方が馬の腹を叩いて走り出すよう促した。クランフェールの愛馬は、その指示通り城の外へ向けて駆けだす。
「さっさと行かんか! 俺は忙しい。敵を見つけ討伐しなければいけないのだからな。今から門を閉め、各都市も検問をかけさせよう。行くのなら早くすることだな。そこの子供が疑われても文句はいえんぞ」
 アルフレートの今まで見せたことのない慣れない態度にクランフェールは笑いながらも、有難く言葉を受け取った。別れの挨拶は少しで良い。緩く走っていた馬の?を握り直してスピードを出した。
 やがて後ろから着いてきていたフージャも横に並んで駆けだす。
「行くぞ、フージャ! あいつら追いかけて打ん殴ってやる」
「わかりました、クランフェールさん。行きましょう!」
 二人は顔を見合わせて城の門を潜った。
 そうして男たちはただ自分の守りたい者たちを助けるために、馬を街道へ向けて走り続ける。
 目指すは二人が連れられて行くであろう、ジノブットへ。
 今、運命は動き出す。風は南へと吹き始めた――。


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